車いす利用者のためのジーンズ開発が示す、服選びの新基準
ニュースの概要
歯科医から起業家に転じたMarzhan Gabbassova氏が、障害のある人向けの衣料ブランド「Teń」を立ち上げた。最初の商品は、車いす利用者のためのジーンズである。座った姿勢での体のかたちや、毎日の着脱の動きを踏まえた型紙はすでに完成した。これからサンプルを作り、実際に使う人によるテストへ進む予定だ。目指すのは、医療や介護の現場で見かけるような機能一辺倒の見た目ではない。街で一般の人が着ているものと並んでも違和感のない、ふつうのファッションとして成立させることである。創業者自身が医療の現場を知る立場であることも、開発姿勢に影響しているとみられる。
引用元: 車いす利用者向けアダプティブジーンズ開発、カザフスタンの新興ブランドTeń(Creative Shift / Raem.kz)
分析・見解
立って着る前提を捨てた型紙が出発点になる
一般的なジーンズは、立った姿勢で美しく見えるように作られている。後ろ身頃の丈は短く、前は深く、股上も立位に合わせて決まる。車いすに座ると、この設計が裏目に出る。腰の後ろは下がって背中が冷え、腹部は布が余って圧迫される。さらに、後ろポケットの縫い目やリベットが座面に当たり、長時間座ると皮膚への負担になる。
Teńが型紙の段階から作り直したのは、この構造的なずれを正すためだとみられる。後ろ丈を長くし、前を浅くする。座骨まわりの縫い目を減らす。こうした調整は、飾りを足す工夫ではなく、設計の前提そのものを変える仕事である。
医療用の外観から、街着の外観へ移る流れ
従来のアダプティブ衣料(=体の状態や動作に合わせて作られた服)は、医療や介護の用品として売られることが多かった。面ファスナーや大きな開口部は便利だが、見た目が病院の備品を思わせる。着る人にとっては、機能と引き換えに「自分らしさ」を手放す選択だった。
転機を作ったのは、2018年に米国で始まったTommy Hilfigerのアダプティブ・ラインである。大手ブランドが一般向けの店頭で売ったことで、障害のある人も流行の服を選べるという認識が広がった。その後、英国のASOSや米国のTargetも追随した。Teńの試みは、この潮流を中央アジアという新しい地域へ広げるものと位置づけられる。
小さな新興ブランドが挑むときの現実的な壁
型紙の完成と、商品として届けることは別の話である。デニムは生地が硬く、体型の違いも大きい。車いす利用者といっても、脊髄損傷、脳性まひ、筋疾患などで必要な設計は変わる。座高、骨盤の傾き、装具の有無も人によって違う。少数のサイズ展開で全員をカバーするのは難しい。
そこで実使用者によるテストが重要になる。着心地の評価だけでなく、一日座り続けた後の皮膚の状態や、介助者がいない場面での着脱のしやすさまで確かめる必要がある。ここを丁寧に行えるかが、見た目だけのブランドとの分かれ目になる。
当事者が設計に入ると何が変わるか
この分野で見落とされがちな点は、開発者の立場である。健常者が想像で作った服は、実際の動作で細かな不具合を残しやすい。ズボンを上げる動き一つにも、腕の力や座る向きなど、当事者にしかわからない条件が多い。医療の現場を知る創業者が、利用者の声を設計に取り込む仕組みを最初から持つことは、新興ブランドにとって大きな強みになりうる。
ビジネスへの影響
日本の服飾・小売が今から取れる具体的な手順
日本では車いすを日常的に使う人が数十万人規模にのぼるとされ、さらに高齢で歩行が不安定な人を含めれば、座る時間が長い層はかなり大きい。この層は、実店舗で試着できる服が少ないという不満を持ちやすい。まず試すなら、既存のジーンズの型紙を座位用に修正した限定モデルを一つ作り、当事者数十人に試着してもらう方法が現実的である。大規模な新ブランドを立てる必要はない。
店舗側では、試着室の広さや段差の解消、座ったまま商品が見える陳列も重要になる。服を変えても、買いに行けない店では意味がない。
福祉用品の枠から出て、ふつうの商品として売る
価格と売り場の設計が成否を分ける。福祉用具として扱うと、価格が高くなり、買う場面も限られる。一般の衣料として売れば、量産によって単価を抑えられる。しかも、座位用の設計は車いす利用者だけでなく、デスクワークで長く座る人や妊娠中の人にも役立つ可能性がある。
意思決定者が確認すべきは三点ある。一つ目は、当事者を開発の初期から加えること。二つ目は、効果を体感できる試着の場を持つこと。三つ目は、宣伝で障害を強調しすぎず、着心地と見た目の良さを前面に出すことである。この三点を守れば、小さな投資でも信頼を積み上げやすい。